人は、自分で気づいたときに変わり始める
言われただけでは変わらない。
こんにちは!ももとです。
今朝の個人セッションで、ちょっと笑ってしまう出来事がありました。
でも、あとから考えると、仕事にも子育てにもつながる大事な話だったのです。
笑い話の中に、大事なことが隠れていた
今朝、YouTubeを続けている方と個人セッションをしていました。
声に温度があって、話の内容にもその人らしさがにじみ出る。
動画でこそ伝わりやすいタイプだなと感じながら、「これからどう伸ばしていくか」という話をしていました。
そしてセッションの終盤、その方がこんなことを言ったんです。
「YouTubeを本気で伸ばそうとすると、しゃべり方とか、ライティングとか、カメラワークとか、いろいろ気にすることがありますね」
思わず私は言ってしまいました。
「それ、一番最初に私が言ったことがあります」笑
その場は大笑いで終わりました。
でも、笑い飛ばすには少しもったいない話だなと思ったんです。
頭でわかっていても、体感では入っていない
人は、言われただけでは本当には気づけないのだと思います。
最初に伝えたとき、相手は聞いています。
意味もわかっています。
でも、その時点では「自分ごと」になっていないんです。
だから、行動には落ちきらない。
でも、実際にYouTubeを続けていく中で、少しずつ壁にぶつかります。
思ったほど再生されない。
伝えたいことがうまく届かない。
話し方のクセが気になってくる。
そういう経験を重ねて、ようやく「あ、ここが大事なのか」と腑に落ちる。
外から言われた言葉が、あとから自分の経験とつながる瞬間。
そのとき初めて、言葉が本当に入ってくるのでしょうね。
「伝えれば変わる」は、幻想かもしれない
これは、教える立場の人間にとって大事な話だと感じています。
正しいことを伝えれば、それで終わり。
そう思いたいところですが、言っただけではほとんど変わらないと考えたほうが現実的なのかもしれません。
人は、自分でやってみて、自分で困って、自分で必要性を感じたときに変わります。
だから伝える側にできることは、正解を押しつけることではなくて、相手が自分で気づけるように「経験の中に小さな鏡を置いておくこと」なのだと思います。
子育てでも、まったく同じだった
これは子どもに対しても同じだと感じたんですよね。
子どもの言い方がきついとき、親としてはやっぱり気になります。
「その言い方はよくないよ」
「もっとやさしく言ったほうがいいよ」
そう言いたくなります。
実際、何度も言ってきました。
でも、なかなか届かない。
むしろ反発される。
こちらとしては、子どもに楽に生きてほしいだけです。
人との関係で無駄にぶつからず、少しでも生きやすくなってほしい。
そう思って言っているのに、本人からすれば攻撃のように聞こえてしまうこともあります。
親が正しいことを言えば言うほど、子どもは身構えてしまうんですよね。
鏡をそっと置く、という関わり方
では、どうすればいいのか。
まだ答えは出ていません。
ただ、少なくとも言い続けるだけでは足りないのだと思います。
本人が自分で気づける経験が必要で、できれば大きく傷つく前に気づいてほしい。
正論をぶつけるのではなく、そっと鏡を置く。
「今の言い方は、相手にはこう届くかもしれないよ」
「その言葉を受け取った人は、こう感じるかもしれないよ」
そうやって、本人が自分で見つめられるきっかけを作る。
それくらいの距離感が、たぶん必要なのだと思っています。
変わるタイミングは、本人の中にある
人は、言われただけでは変わりません。
でも、自分で経験して、自分で気づいたときには、少しずつ変わり始めます。
伝える側にできることは、言葉を投げ続けることだけではありません。
経験を待つこと。
気づける場を作ること。
必要なときに、そっと鏡を置くこと。
仕事でも、子育てでも、誰かを変えようとするより、本人が気づけるように手伝う。
今日のセッションで、そのことを改めて感じました。




言ってわかってもらおう!って思うのはお門違いなのか😳
経験する時に気づけるように、そっと伝えようって思うと言い方も変わりそう(*´꒳`*)✨
失敗も大事な経験だね!見守ってみる!
初めまして!
前向きな変化を喜べる自分になれたらと思います!よろしくお願いします!