人が苦手だった私が、子育てで知った“戻れる関係”のつくり方
怒鳴ってしまった日も、そこから学び直せる。子どもとの声かけを通して、わたし自身も少しずつ変わっていった話。
子どもに何度言っても伝わらなくて、つい怒鳴ってしまう。
そのあとで、
「また言いすぎた」
「こんな言い方をしたかったわけじゃないのに」
「どうして普通に言えないんだろう」
と、自己嫌悪になる。
そんな日が、わたしにも何度もありました。
こんにちは、ももとです。
もともとわたしは、人とのコミュニケーションが得意なタイプではありません。
むしろ、基本は「人が苦手」から入るほうでした。
だからこそ、子育てが始まってから気づいたんです。
子どもとの関わりは、ただの育児ではなく、
わたし自身がコミュニケーションを学び直す時間でもあるのだと。
この記事では、人が苦手だったわたしが、子どもとの声かけを通して少しずつ変わっていったことを書きます。
怒鳴らない完璧な親になる話ではありません。
怒鳴ってしまったあとでも、また戻れる関係をつくっていく話です。
子どもに怒鳴ってしまうたび、自分を責めていた
子育てをしていると、毎日のように「伝わらない」に出会います。
片づけてと言っても、片づけない。
早くしてと言っても、動かない。
やめてと言っても、やめない。
何度言っても、同じことを繰り返す。
最初から怒りたいわけではありません。
ちゃんと生活が回るように。
子どもが困らないように。
家族みんなが気持ちよく過ごせるように。
そう思って伝えているはずなのに、何度も続くと、少しずつ余裕がなくなっていく。最初は普通に言っていたはずなのに、だんだん声が強くなる。
そして最後には、怒鳴ってしまう。
その瞬間は、もう止められなかったりします。
でも、子どもが寝たあとに、ふと顔を見るとしょんぼりです。
「またやってしまった」
そう思いながら、わたしは何度も自分を責めていました。
もともと私は、人との関わりが得意ではなかった
わたしには、もともと人との関わりに苦手意識がありました。
小学生の頃、クラスメイトとの関係がうまくいかなくなった経験があります。
わたしの育った場所は田舎で、保育園から中学校まで、ほとんど同じメンバーで過ごすような環境でした。
一度こじれた関係が、その場だけで終わらない。
逃げ場がない。
その感覚が、子どもの頃のわたしにはとても大きかったのだと思います。
それ以来、人と関わるときには、どこか一歩引いてしまうところがありました。
「この人は大丈夫かな」
「どう思われているんだろう」
「踏み込みすぎないほうがいいかな」
そんなふうに、まず警戒するところから始まる。
だから、「人が好き」「人と関わるのが楽しい」と自然に言える人を見ると、すごいなと思っていました。
わたしにとって、人と関係をつくることは、最初から簡単なことではありませんでした。
子育ては、距離を取れないコミュニケーションだった
大人同士の関係なら、距離を取ることができます。
少し離れる。
連絡を控える。
会う頻度を減らす。
自分を守るために、そういう選択ができることもあります。
でも、子育てはそうはいきません。
子どもは毎日そばにいます。
泣きます。
怒ります。
甘えます。
話しかけてきます。
思い通りにならないと、全力でぶつかってきます。
人との関わりに苦手意識があったわたしが、いきなり子どもという一番近い存在と、毎日濃く関わることになった。
それが、わたしにとっての子育てでした。
しかも相手は、まだ言葉も感情も発達途中の子どもです。
大人のように説明できるわけではない。
気持ちを整理して話せるわけでもない。
こちらの都合を理解して、すぐに動けるわけでもない。
頭ではわかっているつもり。
でも、毎日の生活の中では、どうしても忘れてしまうことがありました。
「言えばわかるはず」と思っていた
今振り返ると、わたしはどこかで「言えばわかるはず」と思っていました。
言ったのに、やらない。
何回も言っているのに、変わらない。
だから、もっと強く言わないといけない。
そんなふうに思っていたのだと思います。
でも、子どもにとっては、親に言われたことがすぐに「自分ごと」になるわけではありません。
「片づけて」と言われても、何をどこまでやればいいのかわからない。
「早くして」と言われても、何を急げばいいのかわからない。
「ちゃんとして」と言われても、どうすることが“ちゃんと”なのかわからない。
親の頭の中では当たり前になっていることが、子どもにはまだ見えていないことがあります。
それなのに、わたしは「言ったでしょ」と思っていました。
伝えたつもりで、伝わっていなかった。
教えたつもりで、子どもが考える時間を渡せていなかった。
そこに気づいてから、少しずつ関わり方を変えたいと思うようになりました。
質問型の声かけで、「怒鳴る以外の道」ができた
わたしが学んで大きかったのは、言い方を「指示」から「質問」に変えることでした。
たとえば、
「早くして!」ではなく、
「何時に出るんだっけ?」
「片づけて!」ではなく、
「どこから片づけたらよさそう?」
「なんでやってないの?」ではなく、
「どこで止まってた?」
「ちゃんとして!」ではなく、
「どうしたらできそう?」
そんなふうに聞いてみる。
もちろん、質問したからといって、すぐに全部うまくいくわけではありません。
子どもが答えない日もあります。
「わからん」と言われる日もあります。
結局こちらが手伝う日もあります。
それでも、問いかけに変えると、子どもの中に少しだけ考える余白ができます。
親に動かされるだけではなく、自分で考えるきっかけになる。
そして、わたし自身にも少しだけ間ができます。
怒鳴りそうになったとき、すぐに言葉をぶつけるのではなく、
「今、何を伝えたいんだろう」
「この子は、どこで止まっているんだろう」
「どう聞けば、一緒に考えられるだろう」
と、一拍置けるようになりました。
この一拍があるだけで、親子の空気は少し変わります。
変わったのは、子どもより先に私の受け止め方だった
声かけを変えたからといって、子どもが急に何でもできるようになったわけではありません。
今でも片づけは止まります。
準備も遅れます。
何度も同じことを言う日もあります。
でも、変わったのは、子どもより先にわたしの受け止め方でした。
以前のわたしは、子どもが動かないと、すぐに自分が責められているような気持ちになっていました。
ちゃんと育てられていない。
言うことを聞かせられていない。
母親として足りない。
そんなふうに、自分の中で勝手に追い詰められていたのだと思います。
でも、子どもが動けないのには理由がある。
言葉が足りないのかもしれない。
手順が見えていないのかもしれない。
今やっていることから切り替えるのが難しいのかもしれない。
ただ疲れているだけかもしれない。
そう考えられるようになると、怒りの前に少しだけ間ができます。
「なんでやらないの」ではなく、
「どこで止まっているんだろう」
そう見方を変えるだけで、こちらの声の出し方も変わっていきました。
怒鳴らない親より、戻れる親を目指したい
もちろん、今でも怒ってしまうことはあります。
疲れている日。
時間がない日。
部屋が散らかっている日。
何度も同じことを言っている日。
余裕がなくなると、言い方が強くなることもあります。
でも、以前と少し変わったのは、怒ってしまったあとに「戻る」ことを意識するようになったことです。
怒鳴らない親になれたら、それはもちろん理想かもしれません。
でも、親も人間です。
いつも穏やかで、いつも正しくて、いつも余裕があるわけではありません。
大切なのは、失敗しないことだけではなく、失敗したあとにどう戻るか。
「さっきは言い方が強かったね」
「びっくりさせてごめんね」
「本当は、こうしてほしかったんだ」
「もう一回話してもいい?」
そうやって、関係を結び直すこと。
子どもとのコミュニケーションは、親が完璧になるためのものではありません。
親子で少しずつ、戻れる関係をつくっていくためのものだと思っています。
おわりに
人との関わりが苦手だったわたしにとって、子育ては簡単ではありませんでした。
でも、子どもとの毎日は、わたしにコミュニケーションを学び直す機会をくれたんです。
伝えること。
待つこと。
聴くこと。
謝ること。
もう一度やり直すこと。
どれも、頭ではわかっていても、実際にやるのは簡単ではありません。
でも、少しずつでいいのだと思います。
昨日より少しだけ、言い方を変えてみる。
怒鳴りそうになったら、一呼吸置いてみる。
できなかった日は、あとから戻ってみる。
それだけでも、親子の関係は少しずつ変わっていく。
子どもとの関係は、一度怒ったら終わりではありません。
間違えても、ぶつかっても、戻っていける。
その安心感があるだけで、親も子どもも、少し息がしやすくなるのではないでしょうか。
子どもへの声かけで、
「ついきつく言ってしまう」
「怒ったあと、どう戻ればいいかわからない」
「言い方を変えたいけど、何から始めればいいかわからない」
そんなことがあれば、コメントやDMで教えてください。
うまくできた話じゃなくても大丈夫です。
むしろ、うまくいかなかった場面から一緒に考えていけたらうれしいです。
怒鳴らない完璧な親ではなく、戻れる親へ。
わたしもまだ、毎日練習中です。




怒鳴らない親より、戻れる親。まさしく同じことをいつも思っています🌷完璧にはなれないけど、人間らしく一生懸命向き合うことで、子どもと育むことができる安心感もあるんですよね😊
子育てって逃げられないですよね。ももとさんの考え方にすごく共感したし、怒ってしまっても戻れるようにするって本当に大切だなと思いました。友人関係は、こじれたら終わりがあるかもしれないけど、家族はそうじゃない。だからこそ、離れられないけれど、「こじれても、ちゃんと謝ったら許してもらえる、許してあげられる」そんな安心感が家族にはあるし、必要なことだなと思いました!