子育てでいちばん難しいのは、“まあいいや”なのかもしれない💡
こんにちは、ももとです。
今日は、子育てをしていて最近よく考える
「まあいいや」について書いてみたいと思います。
子どもに対して、
ちゃんとしてほしい。
困らないようにしてあげたい。
あとで恥ずかしい思いをしないように、今のうちに教えておきたい。
そう思うことって、ありませんか?
わたしはあります。むしろめっちゃある。
宿題をちゃんとしてほしい。
忘れ物をしないでほしい。
習い事も、やるならちゃんと続けてほしい。
勉強も、できれば苦手にならないでほしい。
そんなふうに思っているうちに、気づけば子どもに向かって、
「ちゃんとやって」
「もっと頑張って」
「これくらいできないと困るよ」
と言ってしまうことがあります。よくあります。
でも最近、思うんです。
子育てでいちばん難しいのは、
子どもを頑張らせることではなくて、
親のほうが“まあいいや”と思えることなのかもしれないって。
「まあいいや」ができないから、親子で疲れてしまう
子どものことになると、どうしても力が入りますよね。
自分のことなら、多少できなくても
「まあ仕方ないか」
「今日は疲れていたし」
「また次やればいいか」
と思えることもあります。
でも、子どものことになると急に難しくなるんです。
「このままで大丈夫かな」
「今ちゃんとさせないと、あとで困るんじゃないかな」
「親として見過ごしてはいけないんじゃないかな」
そんな不安が出てきます。
だから、子どもが少しできないだけで、必要以上に焦ってしまう。
九九が覚えられない。
宿題を後回しにする。
プリントを出さない。
準備が遅い。
習い事に行きたくないと言う。
一つひとつは小さなことなのに、親の中ではどんどん大きな問題になっていきます。
そして気づいたら、
「ちゃんとしなさい」
「何回言ったらわかるの」
「このままだと困るよ」
と、子どもを追い詰めるような言い方になってしまう。
でも本当は、子どもだけじゃなくて、親のほうもしんどいんですよね。
頑張らせたいわけじゃない。
責めたいわけでもない。
ただ、困ってほしくないだけ。
その気持ちが強すぎて、親子で疲れてしまうことがあるのだと思います。
できることより、「やってみる力」が大事なこともある
たとえば勉強でも、もちろんできるに越したことはありません。
九九は覚えたほうがいいし、計算もできたほうがいい。
漢字も書けたほうがいいし、宿題も出したほうがいい。
それは本当にそうです。
でも、最近思うんです。
大事なのは、全部を完璧にできることだけではなくて、
できるようになるために、少しやってみる経験なのかもしれないなと。
九九がすぐに覚えられなくても、
覚えようとしてみた。
漢字が苦手でも、
何回か書いてみた。
宿題を忘れてしまっても、
次はどうしたらいいか考えた。
そういう経験も、子どもの中には残っていくのだと思います。
もちろん、親としては見ていてもどかしいです。
「いや、今やったほうが早いよ」
「そのやり方だと失敗するよ」
「だから言ったじゃん」
と言いたくなることもあります。
でも、子どもが自分で失敗して、自分で考えて、自分で少しずつ動き出す経験も必要なんですよね。
親が先回りして全部整えてしまうと、失敗は減るかもしれません。
でもその分、自分で考える機会も減ってしまうのかもしれません。
「まあいいや」は、投げやりではない
「まあいいや」と聞くと、少し投げやりな感じがするかもしれません。
でも、子育ての中での「まあいいや」は、
諦めることとは少し違う気がしています。
どうでもいいと思うことではなくて、
子どもを見捨てることでもなくて、
今ここで全部を正そうとしない
ということなのかなって。
今できなくても、すぐに人生が終わるわけじゃない。
今日失敗しても、また次がある。
親が全部を背負わなくても、子どもは子どもなりに経験していく。
そう思える余白が、「まあいいや」なのかもしれません。
たとえば、プリントを出し忘れたら、子どもが先生に言われる。
宿題を忘れたら、子どもが少し恥ずかしい思いをする。
準備が遅ければ、出発前にバタバタする。
親としては、できれば避けたいです。
でも、その経験を全部親が回収してしまうと、
子どもが自分で気づく機会もなくなってしまう。
だから時には、
「まあいいや。これはこの子の経験になる」
と思ってみることも必要なのかもしれません。
成功って、誰が決めるんだろう
子どもを見ていると、つい親は「成功」の形を考えてしまいます。
勉強ができること。
いい学校に行くこと。
人に迷惑をかけないこと。
ちゃんとした大人になること。
もちろん、どれも大事。
でも、それだけが成功なのかな?とも。
本人が楽しく生きていること。
自分で選べること。
失敗しても戻ってこられること。
誰かを傷つけず、自分のことも大事にできること。
そういうことも、十分に成功なんじゃないかなと思うんです。
社会的に見たら、収入や肩書きがある人が成功者に見えるかもしれません。
でも、本人が「楽しい」と思えることを見つけて、
自分なりに動いているなら、
それもその子にとっての成功と言える。
親が決めた成功に向かわせることより、
子ども自身が「自分はこれでいい」と思える力を育てること。
そちらのほうが、本当は大事なのかもしれないと思います。
「まあいいや」ができない日があってもいい
とはいえ、毎回そんなふうに思えるわけではありません。
わたしも、頭ではわかっていても、
実際にはイライラしてしまうことがあります。
「まあいいや」と思いたいのに、思えない。
見守りたいのに、口を出してしまう。
子どものためと言いながら、結局自分の不安をぶつけてしまう。
そんな日もあります。
でも、それも含めて子育てなんだと思います。
いきなり全部を手放す必要はなくて、
まずは一つだけでもいいのかもしれません。
今日、言いたくなったことを一回だけ飲み込んでみる。
子どもが忘れたことを、すぐに代わりにやらないでみる。
「それでどうする?」と聞いてみる。
全部を正そうとせず、「まあ、今日はここまででいいか」と思ってみる。
それくらいの小さな一歩でいいのだと思います。
親子で疲れすぎないために
子どもを大事に思うからこそ、親は心配になります。
ちゃんと育ってほしい。
困らないでほしい。
幸せになってほしい。
その気持ちは、きっと愛情なんですよね。
でも、その愛情が強すぎて、
親も子どもも疲れてしまうことがある。
だからこそ、時々は自分に言ってあげたいです。
「まあいいや」
「今日はここまででいい」
「この子にはこの子のペースがある」
そう思えたとき、
子どもを放っておくのではなく、
少し信じることができるのかもしれません。
子育てでいちばん難しいのは、
正しい声かけを覚えることよりも、
親のほうが少し肩の力を抜いて、
「まあいいや」と思えることなのかもしれません。
今日も完璧じゃなくていい。理想通りじゃない。
親子で疲れすぎないくらいの余白を、
少しずつ持てたらいいなと思います🌱
もし今、子どもにイライラしてしまうことや、
「どこまで見守ればいいのかわからない」と感じることがあれば、
コメントで教えてもらえたらうれしいです。
わたし自身も、まだまだ迷いながら子育てをしています。
だからこそ、一緒に考えていけたらと思っています😄




ももとさんは、ほんといろんな見方ができる人ですよね
「まあいっか」
私なんかじゃ、どう考えても諦めの言葉にしか聞こえない言葉を、
肩の力を抜く言葉にしちゃう
ポジティブな言葉に変えるんじゃなくて、
ふとした時に言っちゃいそうな言葉を、
その意味ごと変えちゃうことで、
不意にでちゃったとき、思っちゃったときに、
ポジティブな気持ちにもなれるようにしてる
ももとさんの記事の魅力はやっぱり発想の転換!
子供いない私でも、いつも新たな気づきを与えてくれて感謝です
タイムリーにももとさんと似たような記事を書いてました😳(明日だします)まあ、いっか力、真面目な方ほど力を抜くを意識したらいいですよね🌷わたしも以前、校長に「まあ、いっかを口ぐせにしたらいいよ」としょっちゅう言われてました😂懐かしや🤣