週末なのに休めない。育児で削られるのは「自分の流れ」だった
子どもとの時間は大切。でも、自分が削られていく感覚もある。その両方を抱える親へ。
週末なのに、どうして私は休めないのだろう
週末なのに、休めない。
平日より時間があるはずなのに、気づけば子どもの予定と家事で一日が終わっている。
「今日、自分のことは何か進んだかな」と考えて、何も浮かばない日があります。
まるで虚無。
平日は仕事や家事に追われています。
では、週末になれば少しは自分の時間があるのかというと、そんなことはありません。
むしろ週末のほうが、自分の時間は消えていきます。
時間があるようでない不思議さ。
朝から子どものガチャガチャに付き合う。
午後はクレープ作りをする。
その合間に、洗濯、片づけ、ごはん、細かい家事が次々に入ってくる。
気づけば一日が終わりかけています。
いや、実質もう終わり。
もちろん、子どもと過ごす時間は大切です。
笑ってくれる顔を見ると、やってよかったとも思います。
思いますよ?もちろん…。
でも、それと同時に、自分の中で何かが少しずつ削られていく感覚もあります。
育児の疲れは、忙しさだけではありません。
「自分の流れ」を何度も止められることが、きついのです。
これ、ほんと地味に疲弊する。ターンごとにHP減る毒のデバフみたい。
少し何かを始めると、すぐに声をかけられます。
座った瞬間に呼ばれます。
考えごとをしようとすると、別の用事が飛んできます。
そのたびに手を止めて、気持ちを戻して、また動きます。
これがメモリを消費する。
なにしてたんだったっけ?で時間を削られる。
これが一日に何度も続くと、心がじわじわ消耗していきます。
子どもを優先しよう。
親なのだから、今は仕方ない。
そう自分に言い聞かせても、ストレスがなくなるわけではありません。
いい親でいたい気持ちと、自分を取り戻したい気持ち。
その両方が、同じ心の中でぶつかります。
このぶつかり合いが、しんどいのだろうと思います。
その日の食後、夫が子どもを見てくれることになったんです。
見かねて申し出てくれた、という感じ。
私は、一人でお風呂に入れました。
入りました、じゃない。入れました。これ大事。
ただ、それだけ。
でも湯船につかった瞬間、ふと思いました。
一人で、ゆっくりお風呂に入るのは、いつぶりだろう。
びっくりするほど、思い出せませんでした。
本当にわからない。
いつもは子どもと入ります。
仮に一人で入れても、時間を気にしています。
「早く出なきゃ」と思いながら入るお風呂は、休息のようで、休息ではありません。
ただの作業でしかない。
誰にも呼ばれない。
急かされない。
自分のペースで息ができる。
親に必要なのは、案外こういう小さな時間なのだと思うんです。
週末に、自分の時間がたっぷりあると期待しすぎないほうがいいのかもしれない。
これは、悲しいあきらめではなくて。
自分を責めないための工夫です。
期待していた時間がなくなると、人は疲れます。
怒りたくないのに、怒りが出るし
落ち込みたくないのに、落ち込みます。
だから最初から、週末は子どもの時間になりやすいと見ておく。
そのうえで、10分でもいいから「自分に返す時間」を先に確保する。
一人でお風呂に入る。
温かい飲みものを座って飲む。
部屋の隅で目を閉じる。
スマホを見ずに、ただ静かにする。
そんな小さな時間で、心は少し戻ってきます。
少しでも、ないよりはずっといい。
親のメンタルケアは、特別なことではありません。
自分を後回しにし続けないこと。
限界まで我慢してから倒れるのではなく、削られた分を、少しずつ戻すこと。
今日、何もできなかったと思う日があってもいいんです。
子どもに付き合い、家を回し、一日を終えたなら、それは十分すぎるほど働いています。
これで十分じゃないなら、ちょっと表のこっち来てもろて…わかるよね?
だから今夜は、少しだけ自分に戻りましょう。
もし今日、自分の時間がほとんど取れなかった人がいたら。
まずは10分だけでも、自分に返す時間をつくってみてください。
何かを頑張る時間ではなく、ただ息をするための時間を。
親である前に、一人の人間として、息をしていいのです。
もしこの記事を読んで、「わかる」と思うところがあったら、コメントやNotesで教えてもらえるとうれしいです。
あなたにとっての「自分に戻る時間」は、どんな時間ですか。




ふぅ、よし、ここからPCを開けて作業し始めた2分後に
「お父さん、一緒に寝よう」と3歳ちび。
寝かしつけていて気づいたら朝でした😇(ボクノジカン...)
おはようございます。
ももとさん☺️わかるよ〜😚💦
習いごとも付きっきりになるから、送らせて迎えは自分が行くようにしただけでも全然違うみたい☺️