発表会まで、あと少し。
それなのに、長女のピアノは同じところで何度も止まっていました。
「もう少し練習したら?」
「何回かやれば、できるようになるよ」
そう言いかけて、わたしは気づいたんです。
わたしは、長女が弾いている曲をほとんど知らないことに。
どこで曲の雰囲気が変わるのか。
どの部分で指が動かしにくくなるのか。
なぜ、そこで止まってしまうのか。
何も分からないまま、外から「頑張って」と声をかけていたんですよね。
まずは、曲を知るところから
長女に、
「実際に弾いている動画を見てみたら?」
と提案してみました。
動画を探すと、長女と同じくらいの年齢の子が、その曲を弾いているものが。
その日、長女は動画を見ながら、いつもより長く練習していました。
わたしが「練習しよう」と言うよりも、実際に弾いている姿を見るほうが、何かが伝わるのかなと思います。
けれど、見ているだけでは、長女が止まる理由までは分かりませんでした。
そこで、わたしも弾いてみることに。
自分で弾いて、初めて分かったこと
まずは右手だけ。
次に左手だけ。
そして、ゆっくり両手を合わせてみました。
すると、後半に入ったところで、急に難しくなりました。
曲の雰囲気が変わり、指の動かし方も変わる。
片手では弾けても、両手になると混乱する。
自分で弾いてみて初めて、
「ここは確かに弾きにくいな」
と思いました。
それまでは「練習が足りないのかな」と思っていた場所が、
「ここは、小さく分けたほうがいいのかもしれない」
に変わったんです。
「できない」ではなく、どこかで止まっている
子どもが何かをできないとき、大人からは同じように見えたりします。
やっていない。
進んでいない。
何度言ってもできない。
でも、その中には、いろいろな理由があるのかもしれない。
完成した形が分からない。
途中でやり方が変わる。
どこから始めればいいか分からない。
難しい場所を、自分でも説明できない。
同じ「できない」に見えても、どこかで止まっている。
そう考えると、かける言葉も少し変わりますよね。
「もっと頑張って」ではなく、
「どこから分からなくなった?」
「ここだけ一緒にやってみる?」
「片手ならどうかな?」
と聞くことができます。
教えるより先に、知ろうとする
ピアノだけではなく、日常にも似た場面があります。
宿題を始められない。
片づけが進まない。
着替えに時間がかかる。
そんな姿を見ると、わたしはつい、
「やればできるのに」
「どうしてしないの?」
と思ってしまいます。
でも、大人には簡単に見える場所で、子どもは困っているのかもしれません。
もちろん、同じことを試したからといって、子どもの気持ちが全部分かるわけではないです。
それでも、すぐにやり方を教えたり、動かそうとしたりする前に、
「どこで止まっているんだろう」
と見てみることはできます。
長女のピアノは同じところで何度も止まっていました。
これからも、うまく弾けず嫌になる日があると思います。
わたしも、発表会が近づけば、また焦るかもしれない。
それでも、ときには隣に座って、同じところで間違えて、
「ここ、難しいな」
と一緒に笑いたい。
今回、わたしがしたかったのは、正しく教えることではなく、
長女が見ている景色を、少し知ることだったのかなと思いました。
みなさんにも、子どもが難しそうにしていることを、自分で試してみた経験はありますか?
勉強、片づけ、習いごとなど、小さなことでも、よければコメントで教えてください🌱




同じ目線に立つってけっこう難しい
外から見てると簡単に見えることってほんとによくあるよね
子育ては若はないけど、
スポーツ観戦してて野次飛ばしてる人見てると、
案外難しいんだよ!!とか思うことけっこうあるかも
でも、それって知らず知らずに自分もしちゃうかもなんだよね、、、
思い込みもそうだけど、
想像できない、想像しようとしないってのが一番怖いのかもなって思ってしまった
気づいてないことを気づくためには何が必要なんだろ
頭の中ぐるぐるしてしまう、、、
ももち本当にすごい🥺
子育てってずーーーっと繋がってるから
立ち止まって思考を巡らせるってことから
まず難しいのに
いつもお子ちゃんのために考えて、そして行動して、試行錯誤して、本当に本当に尊敬する🥺
子どもの視線に立って考えると、外野からじゃなくなって、同じ立場からの言葉になるよね🥺
私は次女の小6のピアノの発表会の数週間前に、全然練習しないからブチギレてピアノ教室を辞めさせたのを今でもすごく後悔してる…🥺思春期入って、私の前では練習したくなかったから、余計に何も出来なくて…というのは言い訳で、もっと出来ることは絶対あったのになって思う😭